追悼-松本零士先生

松本零士 porsche91810年前にドイツで見たポルシェ918。2次元(画像/映像)では確認できない全体の質量とボディ造形の光と影と。ボディ全体の美しさ反面、コクピット後方にある内燃機関造形(マフラーとか)のアンバランスを肌で感じました。カメラのファインダーを覗きながら”日本人でこのクルマが似合う、クルマに相応しい人は、、と一瞬だけ考え、出た答が”松本零士先生”でした。個人的な考えですが、機械伯爵ことフェルディナンド-ポルシェ博士も納得の人選だと自負しております。今ちょーどBMW-Stueid鈴木会長(同じ年)のブログ読んだのですが、当時11歳(銀河鉄道999映画化)、、その前に宇宙戦艦ヤマトがありますから9歳(絶句)?まさか小学生時代から今(50半ば)まで松本零士を引きずってたなんて。思えば子供の頃に初めて買ってもらった腕時計も黒文字版のクロノグラフ(松本零士作品で描かれたオメガスピードマスターやブライトリングナビタイマーへの憧れ)だった。上野アメ横にあったMGCでモデルガンのパーツを買って、同じアメ横にある中田商店(サープラス専門店-福野礼一郎先生御用達)でワッペンとかバッチを買って喜んでいた小学生が今の自分。なるようにして成った、、とは思いたくないけど自分の人生の大半が松本零士基準で考え、選び、楽しんできた気がします。今までありがとうございました。解散したダフトパンク約2名も傷心している気がする。 日々精進

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